四章 喰い合う獣
―喰い込む牙―
カンダタが壁に手をやると、レンガ造りの壁の一部がへこんだ。それと同時にガタンと音を立て、唐突に自分達の立っていた床が抜け落ちる。
「きゃっ……!」
急激な落下感。しかしその直後、アリアは右腕を何かに引っ張られ体を宙に静止させられる。反動で息をつまらせながら、自らの腕をつかむ先を見上げた。
(シズ様……)
彼は左手でアリアの腕を、右手で穴の淵をつかみ、宙吊りになっていた。片手で二人分の重量を支えている状態だ。
(私……また足手まといになってる)
ようやく戦いにも慣れてきたのに、ここでまた足を引っ張ってシーザに、仲間達に負担を掛けるのは嫌だ。アリアは自分に何か出来ることが無いか、必死に模索する。
しかし考えるまでもなく、この状況での選択肢は二つしか無い。即ち一人で落ちるか、二人で落ちるか。
恐る恐る、眼下に口を開ける穴の底に目をやると、先に落ちたイクスとグラフトの姿があった。しかし、ここから見える彼らは親指の爪ほどの大きさである。目が眩む高さに、アリアの体に震えが走る。
(でも……)
足手まといになりたくない。それにこの高さなら死ぬことはない、と思う。骨折くらいなら自分で何とか出来る、はずだ。そう強く自分に言い聞かせる。
アリアは目をきつく閉じ、ごくっと息を呑む。そのまま恐怖を振り払うように目を見開くと、決意とともに、崖淵に手をかけながらこちらを見下ろすシーザを見つめた。
「シズ様! 私なら大丈夫です!」
勇気を振り絞って告げたその声が震えなかったのは奇跡だ。そのことにアリアは感謝しながら、訪れるであろう落下に備えて息を飲み込む。
シーザはそんなアリアを静かに見やりながら、嘆息する。そうして彼は右手を離した。
「!」
二人はそのまま、再び急速に落下していく。シーザは空中で器用に剣を背に収めると、左手で素早くアリアを引っ張り上げ、横抱きにした。彼が口早に「口を閉じろ」と告げてくるのに、考える間もなく従う。
落下は一瞬だった
着地の瞬間、シーザは絶妙の体重移動で膝を曲げ、衝撃を和らげる。それでも反作用にアリアは息を詰まらせたが、彼はアリアを横抱きにしたまましゃがみこむような形で、さながら舞踏の如く優雅に地に降り立った。
そのままの格好でシーザは、アリアにしか聞こえないような小さい声で、
「手を震わせながら『大丈夫』などと言っても、説得力が無いぞ」
アリアは思わず赤面した。自分が恐怖していたことなど、彼は当たり前に看破していたのだ。
「ごめんなさい」
結局、彼に迷惑をかけてしまった。顔を曇らせて謝罪するアリアに、しかしシーザの口調は変わることなく続く。
「謝る必要は無い。だが無理はするな。無理をすれば必ずどこかに歪を生む。それがかえって周りに迷惑を掛けることもある」
「はい。ごめんなさい」
「謝る必要は無いと言ったがな」
シーザはどこか憮然としたように言った。
これは彼なりに慰めてくれているのだろうか。それとも、これも勇者としての演技なのだろうか。シーザの顔を見上げながら思わずそんなことを考えてしまう。
(違う。演技なんかじゃない)
アリアはかぶりを振って、後者の可能性を完全に否定した。彼のこれは演技などではない。彼の優しさだ。理屈ではなく、自分の直感がそう言っている。それに、自分がそう信じなくてどうするのだ。
と、沈黙の訪れたその場に聞き慣れた声が響いた。
「おぉ! 女性を抱えて華麗に着地とは、流石ですな勇者殿。それで、貴殿はいつまで姫君を抱いておいでなのかな?」
イクスの芝居がかった口調に、アリアは自分が未だシーザの腕の中に居ることを自覚して、今度は別の意味で赤面する。それに言い返そうとする前に、シーザがやや疲れたように、
「足が痺れているんだ。仕方あるまい」
そこで初めて、さっきの行為は彼にとっても無理があったのだと悟った。当然と言えば当然だ。人間二人分の体重が二階の距離を落下したのだから。むしろこうして平静にいられるのが不思議なくらいだろう。
「なんだよ。早く言えよな」
アリアは慌ててシーザの腕から降りると、彼がイクスに助け起こされるのに合わせて屈みこみ、シーザの足に回復呪文をかけた。骨や筋肉に異常があるかもしれないからだ。
そんな間に、先程から姿の見えなかったグラフトが声を掛けてきた。様子を見る限り、どうやら彼にもイクスにも怪我は無いようである。
「この部屋には何も無いようだ。扉はあるが、鍵が掛かっている。閉じ込められたな」
言われてアリアは周囲を見渡した。四階のここは、円柱形の塔の形にならうように円を描いている。ちょっとした広間くらいの空間が拡がるそこには、調度品などが何一つとして置かれていなかった。扉は計四つもあり、一つ一つが外円に沿って均等に配置されていた。
「カンダタめ、何のつもりだ?」
グラフトは剣と盾を構えながら、何か怪しいものがないかと辺りをねめつける。
確かにカンダタの意図は何なのだろうか。落とし穴にしては低い(アリアにとっては脅威だが)し、下に棘が仕掛けられているわけでも無い。あの二、三階のトラップの数々を考えると、どうにも不可解だった。
やがて回復を終えると、シーザは調子を確かめるように床を蹴りつけ、言った。
「よし、とりあえず部屋を出よう。恐らく奴の狙いは――」
バン! 突如として部屋の四方にある扉が一斉に開かれると、そこから何人もの、武装した荒くれ者達がなだれ込んでくる。
同時に、四方から何かを弾くような音がした。シーザ、イクス、グラフトが素早く反応する。風を切って飛来したそれらを、三人はあるいは避け、あるいは弾いた。
矢だ。見ると、盗賊達がこちらを取り囲むように弓矢を構え、その前には近接用の得物をぶら下げた男らが立ちふさがっている。彼等は後ろで二射目が放たれると同時に駆け出した。
飛び来る矢を剣で払いながら、シーザは即座に指示を出す。
「アリアを中心に円陣を組め。グラフトは前衛を、イクスは弓を狙撃しろ」
パーティの対応は早かった。シーザに言われるまでもなく、グラフトもイクスも自分の為すべきことを解っているのだろう。四方向から襲ってくる敵に対し、三人はアリアにそれぞれ背を向ける形で陣形を組む。
「アリア、お前は回復と防御に専念しろ」
彼はそう言って、目の前に迫った盗賊を斬り捨てた。
状況は明らかにこちらに不利だった。相手の数は二十数人。その内十数人が前衛として接近戦を仕掛け、その後から残りの弓矢部隊が矢を放ってくる。普通、これだけ接近すれば味方にも当たりそうなものだが、前衛に付いた盗賊は矢が放たれる一瞬前に身をかわしてくるのだ。相当の訓練を積んでいるのだろう。
前衛は前衛で、一対複数で戦っているにかかわらずあまり深追いしてこない。武器の間合いギリギリからかすめるような攻撃をしてくる。こちらが攻撃しようと踏み出せば、向こうも一歩身を引き、追撃をかければそこに矢が襲う。見事な連携だった。
アリアはふと、敵の中にカンダタの姿が見えないことに気付く。混戦の中とはいえ、あの姿を見逃すわけも無い。よくよく見れば、上の階でカンダタと共にいた盗賊達は混じっていた。
盗賊の人数が三十人程度ということは、この場に殆んど全ての戦力が結集しているということだろう。なのにリーダーの姿だけが無いというのはどういうことなのか。アリアは不安を覚えて、六階を、自分達の落ちてきた穴を見上げる。
そして、叫んだ。
「シズ様っ! 上です!」
落とし穴から飛び降りたカンダタの斧は、真っ直ぐに、シーザへと振り下ろされていた。
×××××
カンダタが座する椅子から真正面にある、部屋と外界とを結ぶ扉。それが大きな音を立てて開かれるのに、カンダタとその子分四人は揃ってそちらに目をやった。
入ってきたのは四人。戦士然とした大柄の男。ひょろ長い印象の魔法使い。場違いなほどか弱そうな少女。そして、額に蒼玉の環を付けた少年。
「ようこそ我が城へ。勇者ご一行様」
そう言うのに、子分たちは薄い笑いを浮かべた。だが眼前の少年はそれに頓着する様子も無く、片手に持った剣を突きつけ、切り込むように鋭い言葉を発する。盗賊団の頭目を前にしてのこの大胆な行動は、世に名だたる勇者だということか。それともただ無謀か。
「お前がカンダタだな」
「そうだが、それ――」
「ギラ」
呟くようなその呪文に、カンダタは戦慄した。少年の掲げた左手から真っ直ぐ、自分に向けて熱線が放たれる。それがこの身に到達するのに一秒もかからなかった。
灼熱が襲う、その一瞬前。カンダタはとっさにマントを体に巻きつけた。直撃したギラの魔法は、マントの表面に熱波を撒き散らし、それを焦がす。だがその熱がカンダタの身に及ぶことはなかった。
「やってくれるじゃねぇか……」
マントを下げて、血走った目で少年を睨む。以前にとある貴族から盗んだ耐熱マント。これが無ければ、即死はしないまでも重傷を負っていたことだろう。
(子供と思って油断したか、クソッ!)
カンダタは憤怒に震える身体を立ち上がらせると、その怒りを握りつぶすように戦斧の柄をつかむ。怒りは判断力を鈍らせる。冷静に、いつも通りにやれば何ら問題無いのだ。
(いや、むしろあって欲しいくらいだな)
何しろあの有名な勇者様だ。もしかしたら、久しぶりに全力で戦えるかもしれない。怒りにたぎる身体とは裏腹に、カンダタは覆面の下で嗤っていた。
(さあっ、楽しませてくれよ!)
背後の壁に手をついた。壁の一部がへこむ手ごたえと共に、ガタンと言う音が落とし穴の機動を告げる。その刹那、
「散れっ!」
勇者は叫んで、床が抜ける前に跳躍した。そのまま後ろに居た少女の腕をひったくるようにつかむと、入り口側の崖淵にぶら下がる。
想定外の行動に、カンダタらは言葉を失った。
(読んでいた? 馬鹿な……)
トラップを推測されるような真似をした覚えは無い。ただの動物的な感なのか。あるいは異常に反射神経が良かったのか。どちらにしろ、信じがたいことだ。
が、今そんなことはどうでもいい。思わず呆然としていた頭を振ると、カンダタは手下に向けて怒鳴る。
「何をぼさっとしてやがる! とっとと落とせ!」
子分らははっとして、即座に駆け出した。しかしその一瞬後、勇者は右手を離し落下してしまう。
(何だ? 疲労で落ちた?)
それこそ辻褄が合わないが、相手の行動に逐一驚いていても仕方が無い。走り出した最中に目標を見失いたたらを踏む子分達に向け、声を張り上げる。
「……予定通りだ。作戦を始めるぞ! 準備にかかれ!」
指示に答えて子分らは慌しく動き出した。
作戦の全容はこうだ。
まずは、この六階の部屋に敵の戦力を誘い込み、落とし穴に嵌める。高さはここから四階まで。怪我くらいするかもしれないが、ある程度鍛えた奴ならばどうということもない高さだろう。しかしこれはフェイクでしかない。
落とした先の四階は円形の広間になっていて、四方を鍵の掛かった扉にかこまれた密閉空間だ。そこに四方向からの同時襲撃をかける。包囲を敷きながら、遠距離と近距離の波状攻撃で相手を中央に追い詰める。
そこで仕上げだ。全方位を囲まれ周囲に注意を引き付けられた侵入者へ向けて、カンダタ自らが穴から飛び降りざま、頭上から奇襲の一撃を見舞う。全体重を乗せた戦斧の破壊力は、以前やってきたロマリア騎士団の長を甲冑ごと縦に両断したほどだった。指揮官を失い動揺する相手を、カンダタが内部から皆殺しにする。
既に作戦の第一段階は完了。包囲ももうすぐ済むだろう。相手はたったの四人だ。失敗するはずがない。
やがて、階下から喊声が上がった。穴を覗くと、勇者達四人の姿が見える。第二段階も完了だ。
「それじゃあ、さよならだ。勇者様」
斧を掲げて、カンダタは跳んだ。
落下は一瞬だった。眼下の人間達がみるみる視界を埋めていく中、カンダタの眼はただ一人の少年を捉えている。全身の力をこめて、その頭に戦斧を振り下ろした。
終わった。そう思った瞬間、
「シズ様っ! 上です!」
上がった声の主は、男達三人に守られるようにして立つ少女だった。それに反応してなのか、少年は驚くべき瞬発力でもって、左腕の盾を構える。
「遅せェ!」
そんな薄い盾などでこの攻撃を防ぐことなど出来ない。勝利を確信して、戦斧を叩きつける。
が、
「……!」
手に伝わった鈍い衝撃にカンダタは驚愕に目を見開いた。甲冑すら容易く打ち砕いた一撃が、勇者の身に付けた鱗の盾に阻まれたのだ。
「この……」
カンダタはうなると、着地ざまに斧を手放し、
「ガキがぁっ!」
一撃のショックから立ちすくむ少年に向けて、強烈な回し蹴りを放った。今度こそ命中したそれは、勇者の体を後方へ大きく吹き飛ばし、背後にいた僧侶の女を巻き込んで床へ転がした。
「シーザ! アリアちゃん!」
金髪の魔法使いが上げた声はしかし、盗賊部隊の攻勢に掻き消される。
カンダタは斧を拾い上げると、ゆっくりと勇者――シーザの方へ歩み寄る。
シーザは既に起き上がり、片手で剣をこちらに突きつけていた。その左手は剣の柄に添えられている。ふと、先程の攻撃を防いだ盾に目をやると、幾分変形しているものの、亀裂などは全く入っていないようだった。
(! なるほどな。ありゃあ、竜鱗か!)
攻撃が阻まれた原因に、カンダタはようやく思い当たった。
ただの鱗の盾では、どれだけ理力を高めた戦士であってもあの一撃を防ぐことなど出来はしない。あれはただの鱗の盾ではない。竜鱗の盾なのだ。
竜の鱗は、鋼より硬く、軽く、柔軟性に富む。おまけに耐熱性能も抜群という、防具に用いるには最高の素材だ。しかし同時に、金や青錬鋼、場合によっては破邪銀よりも希少な材質でもある。勇者だからこそ手に出来た一品、というわけか。
殺したら真っ先に奪い取ってやる。カンダタはそう心に決めた。
少年は倒れた少女を庇うように立ちはだかると、覇気に満ちた眼差しでこちらを射抜いてくる。回し蹴りをまともにくらったはずなのに、ダメージを受けた様子は無かった。カンダタの理力を高めた蹴りは、普通人が受ければ内蔵破裂は確実であるというのに。
(まさかコイツ……理力と魔力、両方使いやがるのか?)
勇者は既に一度、魔法を使っている。しかし同時に、戦士並みの防御力も見せている。通常ならばこんなことは有り得ない。理力と魔力を、双方同時に扱うなど不可能なことだからだ。
その不可能を、この少年は可能にしている。
「おもしれぇ……。面白いぜ、お前」
喜悦を浮かべずにはいられなかった。こんなに気が昂るのは久しぶりだ。
(もっともっと、俺を楽しませてくれっ!)
カンダタは斧を振りかぶると、再び少年の頭に叩きつけた。
×××××
四階に落とされたその時、落とし穴がたいした高さではなかった理由に、シーザは大体の見当が付いていた。
そもそも、二、三階とあれだけ罠を仕掛けていた奴が、本陣たる六階に何も用意していないわけがない。そうして案の定、落とし穴だ。あの場で瞬間的に反応出来たのはそういうわけだった。
罠が分かればその後の作戦もおおよその予想はつく。だから唐突に四方から襲撃を受けても驚きはしなかった。
「アリアを中心に円陣を組め。グラフトは前衛を、イクスは弓を狙撃しろ」
すぐさま指示を出して、接近してきた盗賊を斬りつける。
ざっと全体を見渡すと、カンダタの姿だけが無い。そのことは、シーザの中で一つの可能性を示唆していた。
「シズ様っ! 上です!」
アリアが唐突に叫んだことで、可能性は確信へと変わる。
避ける間は無い。シーザはとっさに盾を頭上に掲げる。
強烈な衝撃が左腕を襲った。
一瞬、腕が斬り飛ばされたようにすら感じたが、盾は辛うじて斧の進行を阻んでいた。事前に攻撃を予想していなければ、あるいは竜鱗の盾でなければ、体ごと真っ二つにされていたことだろう。
しかし、攻撃はこれで終りではなかった。
「この……」
カンダタは斧から手を放すと、
「ガキがぁっ!」
一瞬身を屈め、次の瞬間強烈な回し蹴りを放ってくる。
「……!」
カンダタの丸太のような脚をシーザは咄嗟に膝の甲で受けたが、パワーに耐え切れずそのまま後方へ吹き飛ばされた。後のアリアを巻き込んでそのまま床に叩きつけられる。
シーザはすぐさま跳ね起きて、再び剣を構えた。柄に添えた左腕に激痛が走る。折れているかもしれない。盾は刃を防げても、衝撃を完全に殺してくれるわけではない。
(やってくれる……)
単純に実力だけを言えば、恐らくはグラフトと互角といったところだろう。奴とグラフトとの違い、それはからめ手が上手いことだ。
落とし穴から自ら飛び降りて奇襲する。可能性として考えなかったわけではないが、かなり低いだろうとは思っていた。こんな酔狂な作戦は。
カンダタとの距離が空いている内に、後方のアリアを見やる。
床に叩きつけられた時に頭でも打ったのか、アリアは倒れたまま小さくうめき声を上げていた。大きな怪我を負ってはいないだろうが、脳震盪を起こしたのかもしれない。
(しばらくすれば回復するだろうが……)
そのしばらくの時間を稼ぐのがどれだけ困難なことか。
回復呪文は、発動して傷が完治するまでに若干の時間が掛かる。その時間も術者の能力次第なのだが、あいにくシーザは回復魔法は不得手だった。使えはするが、骨折を治すには相当の時間を要する。つまりは、しばらく左腕の治癒は不可能ということだ。
「おもしれぇ……。面白いぜ、お前」
一歩一歩、カンダタが確実に間合いを詰めてくる。その覆面から覗く両眼は、爛々と狂気の色に染まっていた。
これでは、舌先三寸で時間を稼ぐことも難しそうだ。シーザは覚悟を決めて、剣を握る手に力を込める。
カンダタが大きく戦斧を振りかぶった。自分よりも頭三つ分は高い背丈の男が、真っ直ぐ伸ばした腕の先に見える三枚の刃。殆んど上空と言っていい位置から振り降ろされたそれを、シーザは危うく受け止めた。衝撃で剣を取り落とさないよう、両手で柄を強く握り締める。刃と刃が噛み合う瞬間左腕に激痛が走るのを、しかしシーザはその感覚を無視して表情は一切変えない。ここで弱みを晒せば、相手は間違いなくそこを突いてくる。
カンダタは得物を引き戻すと、今度は横に薙いでくる。巨漢とは裏腹に素早いその攻撃に、シーザはまたも辛うじて凌いだ。防戦一方だ。本来、剣で斧の一撃を受け止めるなど愚の骨頂であるが、
(攻撃を受け流そうとすれば、アリアに当たるな)
こちらが受け流しの体勢に入れば、まず間違いなく相手はそれを狙ってくるだろう。だからこそ、馬鹿みたいに全力での攻撃を仕掛けてくるのだ。
このまま防ぎ続けることは不可能だ。一か八か、深手を覚悟でカウンターを仕掛けるしかない。シーザは冷静に分析すると、三度加えられた斬撃に剣を合わせる。
その時、ギシっと何かが軋むような音がして、
(まずい……!)
次の瞬間、鋼の剣は半ばから折れとび、障害から解放された刃は真っ直ぐ、シーザの肩口に突き立てられた。
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