四章 喰い合う獣
―獣の掟―
「行くぞ」
シーザの掛け声を合図に、四人はカンダタのアジト、シャンパーニの塔へ駆け出した。先頭からシーザ、イクス、アリア、グラフトと一直線に整列し、突き進む。
アジトには入り口の見張り二人の他、塔の頂上にも何人か監視の人間が立っているようだった。追っ手への警戒もあるだろうが、それ以上に周囲の魔物からの侵攻を恐れているのだろう。ナジミの結界が張られていない場所というのはそれだけ危険なのだ。特に村落から離れた地では、時折魔物の大量発生などが起こる。
ともあれ、始終高いところから監視されていては気付かれずに潜入することは難しい。よってシーザは、強行突破して素早く敵の頭を叩く作戦を執った。
見張りの一人がこちらに気付いた時には、既にシーザは相手を間合いに捕らえていた。突然現れたこちらに驚き身構える間もなく、剣が見張りの一人を打ち倒した。続くイクスが杖で相手の武器を弾き、鳩尾に鋭い蹴りを叩き込む。呻き声と共にくずおれる二人を捨て置いて塔の内部に入る。
入り口を抜けると少し開けた空間が広がっており、左手には上への階段、右手には奥へ続く通路が伸びている。まだ日中ということもあり室内での視界は悪くなかったが、盗賊団の根城である以上どこに罠が仕掛けてあるものかわからない。グラフトは油断無く周囲を見渡した。
「カンダタはやっぱ最上階に居るんだろーな」
「何故そう断言できる?」
「ボスは最上階か最下層、ってのが相場だろ」
謎の理論を振りかざすイクス。辺りを見渡した限りカンダタらしき姿は見つからないが、かといって一階に居ないとは判断し難い。
「シーザ、どうする?」
グラフトが問うのに、彼は剣先を階段の方へ向け、
「こうしよう」
階上から武装した集団が駆け降りてきた。数は五。いずれも剣、短剣、斧などを構え、得物と共にあからさまな敵意を突きつけてくる。
パーティは即座に陣形を組んだ。シーザ、グラフトが前方に二人で並び、その後にイクスが控え、最後尾にアリアがつく。
「てめぇら、何モンだ? ここが何処だか解って乗り込んできたんだろうな」
盗賊の内の一人、背の高い男が鋭い視線でそう問うた。
「カンダタは何処だ」
「カンダタさんに何の用だ? ファンなら俺がサインしてやるから、とっとと帰んな」
ふざけた調子でにやにやと笑う男へ、シーザは冷厳と返した。
「金の冠を返してもらう」
その言葉に男は表情を一変させると、剣をこちらへ振りかざし、後の仲間へ叫んだ。
「やっちまえ!」
解りやすい号令と共に、五人の盗賊が一斉に突撃してくる。三人が横一列に並び、残り二人がこちらの横へ回りこむように走る。猪突猛進かと思いきや、多少なりとも戦闘訓練を積んでいるらしい。こちらを包囲して一気に叩こうという作戦か。
しかし、甘かった。
「イオ!」
既に呪文の発動準備をしておいたイクスが、包囲を敷かれる前に魔法を解き放った。杖先から出でた光球が直線を描き、シーザとグラフトの間を通って前方三人の足元へ着弾する。
爆音が響き、盗賊達が吹き飛ばされる。いきなり包囲を失敗して動揺する残りの二人をシーザとグラフトがそれぞれ一刀で打ち倒した。
「クソッ……!」
魔法を受けた三人の内、長身の男――先程話しかけてきた男だ――が毒づいた。後の二人は爆風に吹き飛ばされ、既に気絶しているようだった。男へ向けて、シーザが淡々とした足取りで歩み寄ると、長剣の切っ先を突きつけた。
「カンダタは何処だ」
先程と同様の問いに、男は剣先を睨みつけながらぺっと唾を吐いた。
「はっ! そう簡単に口を割るとでも……」
言い終わる前に、シーザは男の腹を蹴った。彼は呻く盗賊を無言で壁に叩きつけると、袖からナイフを取り出し、男の右肩に突き立てる。
「ぐぁっ……!」
長身の盗賊は壁に押し付けられたまま苦痛に顔を歪めた。シーザはそれにも表情を変えないまま、冷淡な声音で告げる。
「質問に答えれば生かしておいてやる。答えなければ殺す。嘘をついたら殺す。理解したか」
男は顔面を蒼白にすると、震えながら頷いた。
「カンダタは何処だ」
「……最上階だ」
「盗賊団は全部で何人いる」
「……三十人だ。正確な人数は数えたことがない」
「金の冠は何処だ」
「………」
最後の質問に、男は躊躇するように視線をそらす。それを見たシーザは、右肩に突き立てたナイフを、捻った。
耳をつんざく様な絶叫が響いた。
盗賊相手とはいえ、あまりのやり方にグラフトは息を呑む。背後でアリアが小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。
「答えろ」
シーザの鋭い言葉に、男は涙をこぼしながら喘ぐように言った。
「……に、階の、奥だ……」
「そうか」
そう言ってシーザは男の肩からナイフを引き抜くと、当身をくらわせる。気を失って壁に寄りかかる盗賊を尻目に、少年は用は済んだとばかりにさっさと階段へ向かった。
「シーザ……」
グラフトは険しい顔で彼を呼び止めた。対する少年の顔には何も浮かばない。そのことに若干の畏怖すら感じながら、
「やり過ぎだ。相手は……盗賊とはいえ人間なのだぞ。本当に殺す気か」
シーザはそう言われても、ただ肩をすくめただけだった。
「薬草くらい持っているだろう。あの程度で死にはしない。それに――」
彼はナイフに付いた血を外套で無造作に拭いながら、氷のように冷たい眼を向けた。
「死んだら死んだで、それが何だと言うんだ」
予想だにしなかった返答に、思わず息を呑む。グラフトは胸に、怒りにも似た感情が湧き上がるのを自覚した。
「お前……自分が何を言っているのか解っているのか。相手は魔物ではないんだぞ!」
「人を襲う魔物と人を襲う人間に、どれ程の違いがある? 俺にとって、魔物を殺すことと人間を殺すことは同義だ。旅の障害であり、同じ生命であるという点で、な」
「………」
あまりの言葉に絶句した。この少年にとっては、人間も魔物も同価値の存在であるというのか。魔物どころか、人間を殺すことにさえ、何ら迷いを抱かないというのか。
(確かに戦いにおいて迷いは命取りになる。だが、だからといって、躊躇いなく人を殺せてしまっていいのか?)
自分とて人を殺した経験はある。しかしどんな悪人相手であれ、それは罪悪感の残るものだ。魔物と同様に考えることなど自分には出来ない。
「話す時間が惜しい。行くぞ」
こちらに背を向ける少年の呼びかけが、グラフトにはやけに遠くから聞こえたような気がした。
×××××
バン。騒音を立て目の前の扉が開かれるのに、男はそちらへ怪訝な顔を向けた。
シャンパーニの塔最上階の一室、元々は賢者シャンパーニの自室であったらしいが、そんなことは今この場に居る者達にとっては知ったことではない。部屋に居た五人に向けて、扉を開けた男は声を張り上げた。
「カンダタさん! 侵入者がっ……」
そう言うのに、部屋の最奥に座す男――カンダタは落ち着いた眼差しを向けた。
「詳しく言え。どんな奴が何人来やがったんだ?」
「四人です! 男が二人にガキが一人……それから女が一人。服装からしてロマリアの騎士団じゃねぇです!」
早口で捲くし立てられる報告に、カンダタは一瞬顔を顰めてみせる。
「女? まさか、銀髪の女じゃねぇだろうな」
「え……? いえ、青い髪の小娘です。多分、僧侶の」
「そうか。なら、いい」
安堵するような口調に部下は訝しげな顔をするが、カンダタは気にせず報告の続きをうながした。
戦士の男、魔法使いの男、僧侶であろう少女とリーダーらしき少年の四人。少女を除いた三人が武装しており、正面から侵入して現在は塔三階に居るという。そしてその間、誰一人として傷一つ負っていないそうだ。
「あのガキ……額に蒼玉の環をしてましたぜ。もしかすると」
額に蒼玉の環。それが何を意味しているかなど、今日び子供でも知っている。カンダタは思わず感嘆をもらした。
「ほぅ。噂の勇者ご一行ってわけか」
アリアハンの英雄オルテガの息子、それが最近旅立ったという話は、ここロマリアでも有名なものだった。
「どうします?」
「いつもの作戦でいく。動ける奴らを集めろ。勇者のガキは俺がやるから、お前らは残りを片付けろ。但し、女は生け捕りだぞ」
そう指示を出しながら、カンダタは心中で喜悦を浮かべていた。
(久しぶりの大きな獲物だ。楽しませてもらうぜ)
×××××
塔の三階。シーザ達は周囲を注意深く見渡しながら、慎重に上へ続く階段を探していた。一階を過ぎてからというもの盗賊らの襲撃はぱったりと途絶えたのだが、予想通り塔の中には到る所に対侵入者のトラップが仕掛けてある。およそ日常生活に支障をきたしそうなほどの数だ。恐らくこことは別に、盗賊達だけが知る隠し通路のようなものがあるのだろう、とシーザは推測した。
「シズ様、金の冠は二階にあるのではないのですか?」
背後からアリアが訊いてくる。
「盗賊に尋問はしたが、応答の真偽は解らないし、宝物庫にはまず間違いなくトラップが仕掛けられているだろう。まずはカンダタを捕らえるのが先だ」
王冠の奪取だけを考えるならこのまま二階へ直行するのも悪い手ではないが、残念ながらロマリア王からの使命にはカンダタの討伐も含まれている。ならば先に頭を叩いておいて宝を差し出させるという方が確実だろう。安全とは言い難いが。
やがて上り階段を見つけ、四階、五階と順調に進んで行く。四階以降は、襲撃どころか罠すら見当たらないのに、シーザは危惧を抱いていた。倒した盗賊は七人。まだ二十人近くも残っている計算になる。つまりは戦力を一箇所に集中しているということだ。
「高さからして、次が最上階だ。おそらくそこにカンダタが居る」
ここまでの階を全て丹念に調べたわけではない。だがその可能性は高かった。シーザの言葉に、三人は改めて身を引き締める。
シャンパーニの塔、六階。階段を上った先には、少し大きめの扉があるだけだった。グラフトが剣を、イクスが杖を構えるのを確認すると、
「行くぞ」
宣言し、自らも剣を携え、シーザは扉を思いっきり蹴りつけた。けたたましい音を立て扉が開け放たれる。
「ようこそ我が城へ。勇者ご一行様」
室内へ踏み込んだ四人を、野太い、それでいて鋭さのある声が出迎える。シーザは素早く周囲に目を走らせた。
中は手広い大部屋になっていて、扉の正面には人間二人が縦に寝そべられるほどの長机が置いてある。部屋の形も机と同様、長方形をしており、入り口に向かい合う形で五人の盗賊がそれぞれ待ち構えるように武器を構えていた。
盗賊達の四人が机の脇に立ちはだかっているのに対し、一人だけが上座の席にゆったりと腰掛けていた。
立ち上がれば二メートルは越えるだろう巨躯。ナイフさえ通用しそうにない分厚い胸板。くっきりと割れた腹筋。アリアの腰回りはありそうな上腕。隆々とした筋骨は、それらがまるで全身鎧であるかのような迫力をかもしている。が、
「うげ」
イクスが嫌そうに呻く。
なぜ一見して相手の体つきが解ったか。それは、男が殆んど半裸姿であったからだった。顔には覆面とマントを繋ぎ合わせたようなものをかぶり、下半身は下着に近いものしか履いていない。
(防具どころか服さえ着ていないのは戦闘における自信の表れか……あるいはただの変態か)
思わず緊張が緩みそうになるのを自制しながら、男に向けてシーザは声高に言い放った。
「お前がカンダタだな」
言葉に、男はゆっくりと立ち上がる。
「そうだが、それ――」
「ギラ」
言い終わる前にシーザの突き出した左手から閃光が走る。熱線が長机を焦がしながら一直線にカンダタの体に突き刺さった。直撃だ。
「うっわ卑怯くせー」
ぼやくイクスの口調は、どこか投げやりだ。
と、
「やってくれるじゃねぇか……」
先程よりもさらに鋭さの増した声に、シーザらは目をみはった。ギラの魔法が間違いなく直撃したはずのカンダタが無傷でその場に立っていたのだ。その姿をよくよく見ると、体を包む数少ない着衣である覆面マントにうっすらと焦げ目がついている。
(耐熱マントか……やっかいな)
ギラの熱にも耐えられるほどだから、かなり高価な品だろう。どこぞで盗んだものに違いない。
カンダタはゆっくりと立ち上がると、右手に三枚刃の戦斧を掲げる。シーザの思惑に反し、そのまま怒りにまかせて突撃してくることはなかった。ただ、強烈な殺意のこもった視線でこちらを射抜いてくる。
(思った以上に、手強いな)
国家を相手に立ち回るほどの輩だ。ただの盗賊でないことは解っていたが、腕力だけでなく頭も相当に切れるらしい。外見からは想像も出来ないが。
四人と五人は、それぞれ武器を構えたまま対峙する。張り詰める緊張。その中でシーザは、カンダタの覆面で隠れた口元に笑みを見たような気がした。
カンダタが背後の壁に手をつくのを見て、シーザに根拠の無い戦慄が走る。
「散れっ!」
シーザが叫ぶのと、
ガタンッ
自分達の立っている床が抜けたのは殆んど同時だった。
とっさに反応出来たのはシーザだけだった。床が抜ける一瞬前に跳躍したシーザは、両腕を伸ばし、穴の淵に右手を、左手で腕をつかんだ。開いた穴は部屋の半分ほどまである。手を掛けるのが精一杯だった。
崖につかまりながら胸中で舌打ちする。この状態ではどちらかの手を離さなければ次の行動に移れない。
左手にぶら下がるアリアを見ながら、シーザは迅速に次の行動の算段を組み立てた。
下を覗くと、塔の四階まで続いているようだ。グラフトやイクスならば自分で受身を取るなり何なりするだろうが、アリアでは少々心もとない。頭から落ちでもしない限り即死することはないだろうが。
しかしこのままではここから這い上がることは不可能だ。アリアを片手で、自分の身長の高さまで持ち上げられるほどシーザに腕力は無い。右手は右手で剣を持ったままつかまっているのだ。自分一人が限界というところだろう。
下には既にグラフトとイクスが落ちている。自分達が降ってこないのにも気付いているだろう。アリアを落としても対処してくれるかもしれない。
こちらが罠を逃れた事に気付いたカンダタ達が、突き落とそうと駆けてくる。時間が無い。
右か。左か。
再びアリアに目をやると、彼女はこの状態にかかわらず毅然とこちらを見上げ、
「シズ様! 私なら大丈夫です!」
力強く言い放つ。
(まったく……)
嘆息して、シーザは手を離した。
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