三章 遠望心慮

―惑う夕暮れ―


 大音響が鼓膜を打つ。爆心から充分に距離をとっているにもかかわらず、強烈な爆風とそれに飛ばされた岩石が、体の脇を凄い勢いで通り過ぎてゆく。
 砂煙が収まるのを待って洞窟の中へと入る。見やると、つい先程まで眼前を塞いでいた岩石の山は跡形も無く、先への道を漠々と拡げている。万一に備えて外の方まで退避していたのだが――
(大した威力だ)
 シーザは内心で一人ごちる。
 洞窟が崩れてしまうのではないかと危惧するが、どうやら爆発は横方向にのみ働いたらしい。ただの爆薬の塊とは違うということか。
 (いざな)いの洞窟。アリアハンとロマリアを繋ぐ旅の扉の所在地たるここは、洞窟よりも洞穴に近い。入り口から歩いて数分で奥まで辿り着けるのだ。魔法の玉で進路を切り開いた一行は、そのまま奥――旅の扉へと歩を進める。
「これが、旅の扉……」
 アリアが感嘆の声を上げる。かくいう自分も、実際に目にするのは初めてだ。
 一見するとただの池だ。違うのは、それが絶えず、音も無く渦巻いていること。そして水面から僅かな燐光を発していること。不可思議な光景に思わず見入る。
「さあさ、さっさと進もうぜ。ロマリアのお城まで、下手したら丸一日かかるからな」
「そうだな」
 それを見越して出発は早朝にしたため、今はまだ日が昇ったばかりだ。が、勿論悠長にしている時間も惜しい。シーザは先陣を切ると、正円状の水面に足を踏み出した。
「!」
 足裏に伝わる、真綿でも踏みつけたようなふわっとした感触に戸惑う。まるで宙に浮いているようだ。体を完全に円の内に入れると、それに呼応するようにシーザの全身を燐光が包み込む。
「……っ」
 一瞬の喪失感。
 思わず閉じていた瞼を開くと、そこに先程までの光景は存在しなかった。薄暗い洞穴という環境は変わらないものの、人の――仲間達の姿は無い。ここは既にアリアハンではない。ロマリアだ。


     ×××××


 国有面積世界一を誇るロマリア王国。広大な大地はアリアハンのゆうに三倍にも及ぶという。日没と同時に辿り着いた王都は、ぽつぽつと点在する街灯と家屋から漏れる明かりで彩られていた。日が暮れて尚途絶えぬ喧騒は酒場からのものか。薄暗い街並みは、しかしどこかしかの活気を保っている。
 その日は宿屋で一泊し、翌日。国王と謁見するというシーザの言で、一行はロマリア城へと足を運んだ。門番へアリアハンから来た勇者一行だと伝えると、すんなりと通された。勇者の称号は伊達ではないということだ。
 謁見室に通された四人は国王の前に跪く。一介の冒険者に過ぎなかったグラフトは、勿論王族と顔を合わせたことなど無い。表面上は平静を見せながらも、手には汗が滲んでいた。アリアは傍から見てもあからさまに緊張している。それに対しシーザやイクスなどは普段通りの様相だった。
 先頭のシーザは手馴れた様子で、王と挨拶を交わす。言動に些かの乱れも無いのは流石といったところか。玉座の男は恰幅が良く、どこか間の抜けたような笑顔を浮かべていた。国王らしい厳粛さや威圧感など欠片も感じ取れない。何処にでも居るただの中年といった風情だ。
「あー、実はだ。御主らに頼みたいことがある」
 挨拶もそこそこに王が切り出す。唐突な言葉に戸惑うこちらに構わず、彼は事情を語りだした。
「カンダタという盗賊は知っておるか?」
「いえ、存じません」
「カンダタは近年、ロマリア国内で暴れまわっておる大悪人じゃ。強盗。暴行。殺人。数え切れない程の悪事に手を染めておる。そやつが――」
 王は自分の、若干禿げ上がった脳天を指差し、
「ワシの王冠を、金の冠を盗みおったのじゃ!」
 要約するとこういうことらしい。
 カンダタは二、三年前から王都ロマリアを中心に猛威を振るいだした盗賊で、自分をリーダーとした数十人の盗賊団を構成している。ターゲットは主に貴族階級の資産で、犯行はいずれも卑劣、残忍。館の玄関から押し入り、そのまま家中の住民を皆殺しにして財宝を根こそぎ盗み出したこともあるという。
 王冠が盗まれたのは年明けの国家式典の最中。その行事でロマリア王が豪奢な馬車で王都を一周するという催しがあったのだが、そこを狙われたと言うのだ。馬車の上から国民に愛想を振りまいている真っ最中、突如として頭上から馬車へ飛び乗ってきたカンダタが、王冠を奪い取ってそのままキメラの翼で飛んでいってしまったらしい。どうやらあらかじめ馬車の進行ルートを調べ、どこか高い建物に潜んでいたようだ。
 華やかなパレードは当然の如く中止。国民の前で恥を掻かされた王は怒り狂い、すぐさまカンダタ討伐を命じた。既に所在の割れていたアジトへ向け、ロマリア騎士団三十名からなる討伐隊を編成、派兵した。
「そして、帰ってきたのは重傷を負った一人。それ以外は全てあの暴漢に殺されてしまいました」
 王の脇に立つ壮齢の大臣が口を開く。王に比べて随分と落ち着いた口調だ。
「つまり、貴方達に頼みたいことというのはカンダタの追討と王冠の奪取です」
「もしも金の冠を取り返すことが出来たなら、お主を勇者と認めよう! 悪い話ではあるまい」
 無茶苦茶だ。グラフトは思わず顔を(しか)めた。
 自分達の目的はバラモス討伐だ。何が悲しくて間抜けなロマリア王の王冠を、命の危険を冒してまで取り戻さなければならないのか。そもそもシーザは既にアリアハン国王に勇者と認められているのだ。今更ロマリアの王がどう思おうが何の意味も価値も無いだろうに。
「どうじゃ? 引き受けてくれるか」
 グラフトは視線をシーザに向ける。斜め後ろから見たその表情は相変わらずの無表情で、そこから感情を読み取ることは出来ない。
「謹んで、お受け致します」
 少年は平静とそう返した。
(仕方がない、か)
 グラフトは渋面を浮かべるも、異論は挟まなかった。
 シーザの判断は正しい。いくら無茶な要望とはいえ、仮にも国王の命に背くことなど出来はしないだろう。これが一介の冒険者と勇者との違いだ。勇者という存在はそれだけの影響力を持つ。大袈裟に言えば、アリアハンとロマリアとで国際問題を引き起こしかねないほどに。それだけのものを、この少年は背負っているのだ。
 自分より一回りも年下の、まだ成人したばかりの、旅に出て一月足らずの少年。
 そして魔王討伐のパーティを率い、周囲の期待を一身に背負い、平然と類まれなる力を発揮する少年。
 そのことを意識して、グラフトは劣等感を抱かずにはいられなかった。



「はっ!」
 裂帛の気合と共に放った一撃がシーザの構える剣に弾かれる。少年は剣を片手で操ると、空いた左手をこちらへ差し伸べた。
「メラ」
 呟くような呪文と共に生まれた火球は、身を捻るグラフトの脇を抜けた。それにシーザが追撃をかけるや、即座に体勢を立て直し再び剣を合わせる。

 ロマリア王からの依頼を受けた四人は、その翌日に王都を発った。カンダタらが潜むアジトへ行くには西にそびえる山脈を大きく迂回しなければならない。ロマリアから北へ、東西を高山に挟まれた丘陵地帯を進み、山間にあるカザーブの村に辿り着いた。
 日が陰り辺りが薄暗くなったその日、グラフトとシーザは剣術の特訓をしていた。数日前、旅暮らしに体が慣れてきたというシーザが、
「この辺りの魔物では相手にならん。より向上するため、付き合ってくれ」
 そうグラフトへ頼んだのだった。
 その日から毎晩、翌日に響かない程度の特訓を始めた。鞘打ちでの実戦トレーニングを繰り返す内、グラフトは改めてシーザの凄まじさを思い知ることになる。
 シーザの、剣を両手で振り片手で振り抜くという独特の技は、ただ単に威力とリーチを保つというだけのものではない。それは常に片手をフリーにすることで、いつでも魔法を放つことが出来るようにするためだったのだ。盾を軽量のものにして、腕に固定しているのもそのためであろう。剣と魔法を同時に扱うからこそ生まれた剣法なのである。
「その剣、誰に学んだのだ?」
 何気なく訊くと、シーザは当然のように答える。
「自分で考えた」
 グラフトは空いた口が塞がらなかった。独自の剣術を自分で編み出したというのだ。そして何より――
(オルテガ殿と、同じだ。あの人も剣と魔法を同時に操っていた)
 剣と魔法を同時に扱うこと。それは不可能ではない。単純な話、魔法使いが剣を覚えること、戦士が魔法を習得することは充分に成しえる。しかし魔法使いが戦士と同等の剣を振るうこと、戦士が魔法使いと同等の魔法を放つことは決して出来ない。
 なぜか。それは人間に備わる二種の力、『理力』と『魔力』の性質の違いによるものだった。
 『理力』とは人間の生命エネルギーのようなもので、理力を高めることで人間の身体能力は飛躍的に増強される。腕力を、瞬発力を、反射神経を、あるいは肉体そのものを、常人の何倍にも高めることを可能にするのだ。理力を高めた戦士の剣は重甲冑を易々と斬り裂き、理力を高めた武道家の肉体は突剣(レイピア)の一撃を受け止める。
 それに対し『魔力』は人間の精神的エネルギーであり、魔法を扱うのに必要とされる力である。魔法使いは精神を統一し、魔力を一点に集中させ、呪文を唱えることで魔法を発現させる。火炎を、熱線を、冷気を、烈風を、あるいは身体変化や治癒の力を。魔法の種類により精神集中の法は異なり、術の難度が高ければそれだけ高度の集中力を要求されることになる。
 そして、この『理力』と『魔力』を、双方同時に高めることは不可能とされているのだ。
 エネルギーの性質が正反対だとか、肉体動作と精神集中の相反だとか色々と理由があるが、とにかく片方を高めれば、もう片方は発揮することが出来ないということだ。そして理力も魔力も修練によってその力を高めることが出来るが、両方を同時に鍛えることも困難とされている。
 しかしシーザは戦士並みの剣を振るいながら、同時に魔法使い並みの魔法を放っている。なぜそんなことが可能なのか。その問いに彼は、まるで料理のちょっとした工夫でも教えるように、
「理力と魔力、両方を同時に高めることが出来ないのなら、力を即座に切り替えればいいだけのことだ」
 まったく理に適った言葉だったが、言うは(やす)しだ。それは例えれば、全力疾走の直後に分厚い歴史書を丸暗記し、すぐさま遠泳に出るようなものなのである。それを実戦、一瞬の油断が生死を分かつ戦闘中に行うなど、常人には不可能と言っていい。
 それをシーザは可能にした。そして、オルテガも。
(これが、勇者であるということなのか……?)
 勿論彼は、勇者の息子であるというだけでそれらを手に入れたわけではない。それこそ自分よりもずっと幼い頃から、血の滲むような努力をしてきたに違いないのだ。常に上を目指している。魔王を倒す――そのために。
 だが、それでも、その力には才能という大きな壁を感じずにはいられない。始めたばかりのこの特訓の間にも、シーザの力がめきめきと伸びていっていることに、グラフトは恐れにも似た感情を抱いた。
 今はまだ、剣の扱いに関しては自分の方が上だ。だがこのままではそう遠くない未来、追い越されてしまうのではないのか。そうなれば自分が今、ここにいる意味は失われてしまう。いや、それはグラフトにとって今迄の人生全てを否定されることに等しかった。
 と、打ち合いを続けていたシーザが動きを止め、剣を下げる。
「今日は、ここまでにしておこう」
 そう言うと、額の汗を拭って左腕の盾を外す。グラフトはそれを見やりながら、ふと、まだ始めてからそれほど時間が経っていないことに気付く。
「いつもより早いのではないか?」
 自分も剣を下ろしながら訊ねるのに、彼はさっさと片づけを済ませて、
「この後、アリアに魔法を教える約束をしている。あいつも旅に慣れてきた頃だろうし、戦闘手段の無いままではこの先困ることになるからな」
 なんと、剣の特訓に続いて呪文の修練までしようというのか。日中とて長い距離を踏破し、幾度と無く戦闘を繰り返している――疲れていないはずがないのに。
「シーザ……」
 ふと漏れた言葉に、立ち去ろうとしていた少年が顔を向ける。グラフトは胸のわだかまりを吐き出すように、
「なぜお前は、そこまで強くあれるのだ?」
 けして弱みを見せることなく、まるで当たり前のように何でもこなしてしまう。なぜそうあれるのか。この少年は自分とは違う存在なのか。
 シーザは問いに、僅かに目を細めてみせると、
「人を神格化するな。俺は、人間だ」
 それだけ告げ、そのまま歩み去る。グラフトはそれをただ呆然と見送っていた。


     ×××××


 二日ほどカザーブに滞在しカンダタについての情報を集めた。どうやらカンダタが狙うのはもっぱら王都ロマリアの方で、こちらまでは手を出してこないらしい。ロマリアとアジトとではかなりの距離があるから、カンダタは盗みを行う度にキメラの翼か何かを使っているのだろう。翼は一度行った所へしか使えない上、千里の距離を一瞬で移動できる。追っ手はつきにくい。キメラの翼は決して安価なものではないが、盗賊である彼らにとって、それはたいした問題ではないのだろう。
 これを考えれば、ロマリア王がわざわざ自分達へ依頼をしたのも肯ける。これだけの距離を魔物の襲撃をくぐり抜けながら進行するのだ。数十人の騎士団よりも少数精鋭の方が向いているだろう。王にとっては渡りに船だったわけだ。
(もっとも、それはこちらも同じだが)
 シーザは内心で一人ごちる。
 ロマリア王の頼みごとなど知ったことではなかったが、それを断れば下手をすれば国際問題を招きかねない。しかし、上手く言いくることも出来た。承諾したのは王へ恩を売るためだ。
 バラモスの下へ辿り着くためには宝珠(オーブ)を集めなければならない。しかし現在持っている情報だけでは到底六つを集めるには足りなかった。そのため、宝珠を探し出すには、その情報を各地で収集しなければならない。ロマリア王から直接情報を得る、もしくは王室の文献を閲覧させてもらう。シーザが依頼を受けた目的はそれだった。
 カザーブを出て四日。その間魔物(モンスター)の襲撃を幾度と無く受けながらも難なく蹴散らしていた。旅程は順調だ。アリアハンに比べればこの辺りの魔物は幾分強力ではあるものの、シーザらにしてみれば雑魚同然である。
「バギ!」
 高らかと叫んだのはアリアだ。呪文に応え、周囲の大気が集束し奔流となって魔物へ衝突する。尾に弛緩毒を持った蜂、キラービーは、暴風に体をとられ木に叩きつけられた。それにグラフトが止めの一撃を加える。
「上出来だ」
 シーザの言葉に、アリアはほっと息をついた。
 『バギ』は突風を巻き起こす攻撃魔法だ。殺傷力が低く、呪文の性質が回復魔法に近いため僧侶が好んで使う。
「殺傷力は皆無だが、接近した魔物を吹き飛ばすことくらいは出来るだろう。後は使い方次第だな」
「頑張ったもんなぁアリアちゃん。短期間で随分上達したよ」
 回復魔法しか使えなかったアリアだったが、魔法を扱うセンスは悪くなかった。呪文を教え始めて数日でバギを習得出来たことは、快挙とまでいかないまでも上出来だろう。何より彼女は素直であり、熱心であり、努力家だった。それらは何かを学ぶのに最も必要な素養だろう。その意味ではこの成長も頷ける。
「けど、まだ集中するのに時間がかかってしまいます」
 魔法を扱う上においてもっとも難しいのは精神集中だと言われる。戦闘中というプレッシャー下であれば尚更だ。
「少しずつ慣れていくしかないよ。俺だって実戦で魔法を使うまでには二ヶ月はかかったし」
「この調子なら半月もすれば実戦でも使えるようになるだろう」
 イクスのフォローにかぶせて言う。彼はギロリとこちらを見やったが、素知らぬフリで話題を切り替える。
「さて、もうすぐシャンパーニの塔が見える頃だな」
 カザーブからさらに南西に行ったところにポツンと建っている塔。そこがカンダタのアジトになっているという。
 前方を見やって呟くのに、アリアが「あれっ」と首を傾げた。
「シャンパーニというのは、確か賢者様のお名前ではありませんか?」
「そうだ。四大賢者の一人、魔導賢者シャンパーニが、賢者の称号と共に与えられたものだな」
「なぜそれが盗賊団の巣窟になっている?」
「シャンパーニの塔はもう何百年も前から放棄されているんだ。それを奴らがたまたま見つけて勝手にアジトにしたんだろう」
「そうそう。そういや塔が放棄された理由って何だっけ? 何か複雑な事情があったよーな気がすんだけど」
 グラフトの問いに答えるのに、今度はイクスが訊いてくる。シーザは歩みは止めぬまま、三人に聞こえるように語り出した。
「……長い話になるが……」
 カザーブからシャンパーニの塔までの道程において、現在その間には平野が広がっているだけなものの、昔――世界暦以前――はそれなりに大きな街が存在していたらしい。賢者シャンパーニはその街の出身だ。若くして賢者の称号を得たシャンパーニは、その街から南西に塔を構えることを許される。賢者とその弟子達はそこで日夜魔法の研究に励んだ。
 歴史上最強の魔法使いと呼ばれるシャンパーニは、その名に違わず数々の強力な呪文を発見する。その力は一人で一国の軍隊とやり合えるほどだとさえ云われた。
 研究を続けるシャンパーニは、その過程でとてつもない力を持つ呪文を発見する。それらは後に禁呪と指定されることとなるが、当時ではただ強力であるということしか解っていなかった。それらの危険性を悟ったシャンパーニは呪文使用の禁止を喚起したが、弟子の一人がその忠告を破る。
「『ドラゴラム』と呼ばれる呪文だ。使い手に竜の魂を憑依させ、自らを竜と化す。術者はそれを使って、竜と成ることが出来た」
「成功したんですか?」
「いや、憑依した竜に精神を乗っ取られた」
 弟子の精神力は、ドラゴラムを扱うには足りなかった。術者は霊肉共に竜と成り、暴走を始める。小さな山ほどの巨体を持つその竜は、闊歩すれば大地が鳴動し、一息で街を焦土に変えた。そのあまりに強大な力は、シャンパーニの力を持ってしても歯が立たないものだった。
「そしてシャンパーニは最後の手段に出た。同じく禁呪に指定されている『メガンテ』を使うことで自分もろとも竜を滅ぼしたのだ」
 術者のあらゆるエネルギーを全て破壊の力に変える呪文。それがメガンテだ。使用した者は肉体の欠片すら残さず消滅する。理論は早期に解明されたものの、精神集中が困難でシャンパーニ以外に扱えた人物はいないと言われる。
「シャンパーニの使ったその呪文の威力は凄まじいものだった。竜と術者、街、その周辺にあった森林までも、根こそぎ消滅させる程にな」
「森? ンなもんこの辺りには……」
「かつてはあった。アリアハン大陸の九分の一はある広大な森林は、その呪文一つで跡形も無く消滅したんだ」
 三人は絶句する。辺りを見渡せば、そこにあるのは漠々とした平野が広がるだけだ。かつて、ここには街と森が存在していたのか。
「惨劇の責任を負わされる形で、塔の研究機関は解体された。そのまま塔は放棄され今に至る、ということだ」
 そう締めくくって、シーザは足を止め振り向く。三人の視線が集まるのを待って、告げた。
「お喋りは終りだ。その塔に乗り込むぞ」
 荒野に独りそびえる塔に背を向けて。




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