二章 こころみ

―言葉、交える―

 旅立ちの日の夕方。
 あれからひたすら西へ西へと進んだ一行は、大樹の根元で野宿の準備をしていた。準備と言っても火を焚いて食事の用意をするくらいのものだったが。
 やがて簡単な食事を終えると、焚き火を囲んで今後の方針について話し合うこととなった。シーザから時計回りに、アリア、グラフト、そして自分――イクスというように円陣を組む。
 アリアハンを出てから今まで、パーティは口数が少なかった。グラフトはもともと無口な気質のようで、必要が無い限りほとんど喋らない。シーザも無口とは言わないまでも、あまりコミュニケーションに積極的ではなかった。アリアは新しい環境に馴染めないでいるのか、まだどこか緊張した様子だ。それにシーザとグラフトの一件があってからは、ますます両者の会話は減ってしまっていた。
(しょっぱなから雰囲気悪いねぇ)
 他人事のように心中で呟く。自分もパーティの一員であるならこの状態を緩和すべく手を打つべきなのだが――
「あの……勇者様。これからどこへ向かうのですか?」
 それまで焚き火がはぜるのを見つめていたアリアが、おずおずと口を開いた。思えば出立してから彼女がシーザに話しかけるのはこれが初めてかもしれない。それゆえか、どこかたどたどしい口調だった。
 それにシーザは、問いとは別の答えを返した。
「俺は『勇者』などではない」
「えっ?」
「『勇者』とは国家的、世界的な偉業を為した者にだけ送られる称号だ。俺は確かに勇者と呼ばれた男の息子だが、それを除けば一介の冒険者に過ぎん」
 相変わらずの無表情には、しかしどこか憮然としたものがあった。世界的な英雄の息子ともなれば、当然周囲からの影響は少なくあるまい。それに対してコンプレックスを抱いていても何ら不思議ではなかった。
(しかし、このガキにそんな心象があるのかね?)
 出会ってまだ一日足らずだが、それだけでもこの少年が他とは違うことを強く感じさせられた。
 何より頭が切れる。これまでの言語行動を見ても、とても十六になったばかりの少年とは思えない。それにおよそ感情というものが感じられないほど冷静沈着だ。時々不気味にすら思える。
 とりあえず彼の言う『面接』には合格したものの、それだけでこのまま付いて行くつもりは毛頭なかった。果たして自分の命を預けるに足る相手なのか、それを見極めるまでは。
「だが、そのサークレットは勇者にのみ与えられるものだろう」
 グラフトがシーザの額を指す。真ん中に蒼い宝玉をあしらった環。それはアリアハンのみならず、世界的に有名な『勇者の称号』だった。
 それをシーザは、軽い手付きで外してみせる。
「こんなものはただの飾だ。アリアハン国民の不安を拭うために、早急に『勇者の称号』を持つものが必要であったに過ぎない。俺自身が評価された訳ではない」
 ほう、とイクスは目を細める。少なくとも物事の道理はわきまえているようだ。
 世界各地に魔物が氾濫する中、勇者オルテガという存在は人々の心の支えであり希望であった。それを失うことがいかに大きな混乱を招くか、想像に難くない。おまけにアリアハンは『勇者を輩出した国』である。その勇者が魔王の元に辿り着くことすら敵わなかったなどと、公表するに出来ないだろう。国家の威信を失墜させるだけだ。
 だから王は一刻も早く新たな『勇者』を必要とした。それが十六になったばかりの少年が勇者に仕立て上げられた理由だろう。
(それを解って勇者の看板を背負うってことは、周囲に祭り上げられた馬鹿でも、自分の力を過信した愚か者でもないってことだろうな)
 イクスは注意深くシーザを見やる。と、そこにアリアが困ったような顔で言った。
「えっと、では何とお呼びすれば?」
「名前でいい」
 シーザの返答に、少女は花のような可愛らしい笑みを浮かべた。
「解りました。シーザ様」
「シズでいい」
「はい。シズ様」
「………」
 少年はどこか諦めたように沈黙する。その様子に思わず吹き出しかけた。この可憐と呼ぶに相応しい少女に、このクソ生意気と呼ぶに相応しい少年がペースを奪われている姿は、何とも微笑ましい光景だ。
 しかし和んでいる場合ではない。イクスはそれた話題の修正を図った。
「それで、これから何処に向かうつもりなんだい?  シズ様(・・・) ?」
 皮肉を交えた物言いにシーザは冷たい視線を向けてくる。それには気付かないフリをして、イクスは続けた。
「順当なところでいえば……レーベ辺り?」
 レーベはアリアハンから北西、徒歩で約八日間くらいの所にある、この大陸ではアリアハンに次ぐ大きな町だ。それまでの道中にも村や集落が無いわけではないが、魔物の影響で次々に町村が姿を消す昨今では、基本的に大きな町を目指すのが冒険者達の間での旅の常識だ。そうでもしないと、宿すら満足に取れない場合もある。
 しかしシーザは首を横に振った。
「まずはナジミの塔へ向かう」
「ナジミの塔?」
 ナジミの塔。アリアハンから真西にある孤島に立てられたその小さな塔は、世界的に高名な賢者、ナジミが住まう場所だ。
「このまま西へ向かい海沿いに南下した所に塔に通じる洞窟がある。そこから塔へ向かう」
「何しに行くんだよ?」
「黙秘する」
 黙秘する、ときたもんだ。
 しかし旅立ちに際して賢者に会っておくのは決して悪いことではない。普通一般人では簡単には会ってもらえないだろうが、勇者の称号を持つものならば話は別だろう。
 この件について問い詰めても無駄のようだ。イクスは話題を切り上げると、改めて訊いた。
「それじゃ、これだけは黙秘しないで話してくれるかな」
「何だ?」
 イクスはシーザを真正面から見据えると、真剣な口調で語りかける。
「何で、この三人を選んだ?」
 それはこの旅を続けるか否か判断する上で、最も重要なことだった。ルイーダの酒場に集まった冒険者十人の中から、何故この三人を選んだのか。失格者には『選考基準を明かす気は無い』などと、相手の神経を逆なでするようなことを述べていたが、合格者に対しては別であろう。
 案の定、彼はあっさりと口を割った。
「俺が選考基準としたのは、『相応しい目的を持っているか』と『バラモスと戦った後生き残ることが出来るか』。この二点だ」
「例えば?」
 イクスは試すように問う。
「バラモス打倒という目的から外れた人間では駄目だ。パーティの意思は常に統一されている必要があるからな。命懸けでバラモスを倒そうなどと言う奴は話にならん。俺の目的はあくまでバラモスを倒した後、全員で生還することだからだ」
 その基準で行けば、何となく納得がいかないわけでもない。盗賊エリッサ、商人ブラン、武闘家センは、大小の違いはあれバラモス打倒という目的からは外れているし、僧侶クローディオルはほとんど捨て身の覚悟だった。除外されても不思議ではない。戦士ガルガや遊び人プロスコなどは眼中に無いのだろう。しかし……、
「そんじゃレプターとかいう奴は? あの熱血な感じの魔法使い」
「自分が世界を救うなどと勘違いをしている輩を連れて行くことは出来ない」
 何とも穿った見方だとは思えたが、否定は出来ない。それについては置いておいて、イクスは再度問う。
「けどさ、何だか俺が選ばれた理由が見つからねーんだけど」
 それにシーザはあっさりと言ってのけた。
「お前の態度は、俺を試したんだろう。俺がお前の演技を見抜けるかどうか」
「……!」
 ゾクっとした。よもや、こんなにあっさりと看破されるとは思っても見なかった。
 相手の言動、行為の裏を読む。それは容易に出来るものではないが、同時にリーダーとなる上では必須のスキルだ。少なくともイクスはそう思っている。故にあの場ではわざと、いい加減な態度を取って見せたのだが……。
(いや、まだブラフだって可能性もあるか)
 イクスは気を取り直すと、とぼけたように返す。
「演技? 何でそんなことする必要があんだよ。どうしてそう思うわけ?」
「俺にそれが見抜けるか、試したんだろう」
「……仮にそうだとしてもよ、それだけでさっきの基準に適合するとは思えねーんだけど」
「ああいう場で相手を試すようなことが出来る人間だ。ある程度頭も切れるだろう。そうであれば見当違いな目的で志願するとは思えない」
 理路整然と言われて、イクスは観念した。思わず苦笑を浮かべる。こいつには一生かなわないかもしれない。
「……何で嘘だって解った?」
 その問いに彼は瞑目して、
「上っ面の言葉を並べる奴等を、何度と無く見てきたからな」
 どこか陰を含んだ声で呟いた。




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