一章 鳥が羽ばたく

―選ばれし者―

「――以上、三名だ」
 シーザの言葉に、三人はそれぞれ歩み寄った。一人はおずおずと、一人は堂々と、一人は飄々と。
 ドン。三人の背後で、机を叩く音がした。それぞれが振り向く。シーザもそちらに目を向ける。
 机を叩いたのは戦士、ガルガだった。目を吊り上げて、怒りの様相をあらわにしている。それは他の五人――失格者達も同様だ。それぞれ大なり小なり不満を浮かべていた。
「納得いなねぇな」
 ガルガが多分に怒りを含んだ声で言う。それは失格者の全員の意見を代弁するものだった。
「この戦士のことは、百歩譲って認めるとしてもだ……」
 そう言って、赤髪の戦士を指差す。
 周りの男達よりも頭一つか二つ分は高い。肩幅も広く、一見して全身に無駄なく筋肉がついているのが解る。上半身には鉄製の鎧を装着し、腰には両手持ちの長剣を下げる。落ち着いたしかし力強い眼差しと、短めに刈った燃えるような赤髪が、男の迫力を一層際立たせていた。どこから見ても一流の剣士。
 戦士グラフト。
 彼が選ばれるのはルイーダの予想の範疇だった。失格者達もこれには文句は無いのであろう。問題なのは……、
「何でこんなおちゃらけた男や!」
 金髪の魔法使いを、
「スライムにもやられちまいそうな小娘が選ばれるんだよ!」
 浅葱髪の僧侶を、それぞれ指差す。
 それに金髪の魔法使いは、どこか皮肉気な笑みを浮かべて見せる。斜に構えた態度は相手を小馬鹿にしているようでも、この状況を楽しんでいるようでもあった。
 身を包むローブは薄緑。長い金髪を後ろで束ね、背に流している。美貌と言っていい顔立ちは、さながら王侯貴族のようだ。彼の右手に握られる杖は身の丈程もあり、一般に流通しているものよりも半分以上は長い。
 魔法使いイクス。
 おちゃらけた、というガルガの評もあながち間違っていない。真剣さの欠片もないようなあの態度は、パーティにとってマイナスになれどプラスにはならないだろう。おまけに魔法使いとしての能力ならばレプターの方が幾分上だ。選ばれる理由が思いつかない。
 そしてもう一人。浅葱色の髪を持つ少女は、ガルガの怒声に怯えるように身を竦ませた。
 青を基調にしたルビス教徒の僧服。腰まで届く髪は透けるような空色で、窓から差す陽光に鮮やかに映える。優しそうな目。温和そうな口元。全体的におっとりとした雰囲気の少女。
 僧侶アリア。
 およそ戦いとは無縁そうなこの少女。戦闘経験は皆無。使える呪文は回復だけ。武器すら持参していない。他の冒険者達が納得がいかないのも無理ないだろう。
(何を考えているの? シズ)
 ルイーダは目線で問いかけたが、反応は無かった。気付いていないわけではないだろうが。
 いきり立つガルガに触発されてか、レプターも口を開く。
「ちゃんと説明してもらえるんだろうな。何故我々が失格なのか」
 それにシーザは相変わらずの無表情で返した。
「選考基準を明かす気は無いし、納得させる義理も無いな」
「なんだと!」
「ワレワレを馬鹿にしておるのデスかね!」
「何様のつもり? 勇者とか呼ばれてのぼせてるわけ?」
 一斉に上がる抗議の声に、彼はいたって平静な顔で、
「何と言われようが、決定を変更するつもりは無い」
「態度が悪かったとでも言いてぇのか!? こういうことは実力重視だろうが!」
 話を聞いていないのか、ガルガは尚も食い下がる。シーザはさも面倒そうにガルガを一瞥すると、鋭い声で言った。
「なら、お前はバラモスを倒せるのか?」
「あぁ?」
「バラモスを倒すだけの力があるのか、と聞いている」
「無茶苦茶なこと言ってんじゃねぇ。んな簡単に倒せたら誰も苦労しねぇだろうが」
 訝しげに返されたその言葉に、シーザは肩をすくめる。
「なら、現段階の実力などたいした問題では無いということさ。バラモスと相対した時点で奴を倒せるだけの力が揃っていれば、な」
「な……だからって、はなっから実力がある奴の方が良いに決まってんだろーが!」
「そんなに自信があるなら」
 ガルガだけでなく失格者全員に向けて、
「別に俺に付いてくる必要は無いだろう。文句があるなら、自分の力で道を切り開いて俺の判断が間違っていたことを証明してくれ」
「………」
 今度こそ、一同は完全に沈黙した。
 シーザはそれを確認するとさっさと出口へと向かう。それをルイーダは慌てて呼び止めた。
「シズ!」
 まるでタイミングを計っていたかのように、こちらへと振り向く。
「……魔王なんてどうでもいいからさ、ちゃんと生きて帰ってくるのよ」
「ああ、無論だ」
 彼はやはり、いつもの無感動な声で返した。しかし、
「……世話になったな。ルイーダ」
 去り際に残したその一言に照れが隠れているのを覚ったルイーダは、 (シーザ) の旅立ちを笑顔で送ることが出来た。 




  目次